2025年から女子バレーボール日本代表の監督を務めている、フェルハト・アクバシュ監督。
試合中は選手と一緒になって喜んだり、ラリーに熱くなってコートの中へ入りそうになったり……。
「監督というより、7人目の選手みたい😂」
と思ってしまうほど、選手との距離が近い姿も印象的ですよね。
そんなアクバシュ監督ですが、実は若い頃は選手としてプレーしていたものの、18歳という若さで指導者の道へ進んだことをご存じでしょうか?
しかも、最初から「将来は監督になる!」と決めていたわけではなかったそうです。
そこで今回は、アクバシュ監督の現役時代や、なぜ早く指導者の道へ進んだのかを調べてみました!
18歳から始まった指導者人生や、ラング・ピン監督との出会い、そして現在の「選手と一緒に戦う」ような指導スタイルにも注目です。
この記事でわかること
- アクバシュ監督の現役時代について
- なぜ若くして指導者の道へ進んだのか
- 18歳から始まった指導者としてのキャリア
- ラング・ピン監督との出会い
- 2017~2018年の日本代表コーチ時代
- アクバシュ監督と選手の距離が近い理由
- 「7人目の選手」のようにコートへ入ってしまう姿の裏側
アクバシュ監督のプロフィール
フェルハト・アクバシュ監督は、トルコ出身のバレーボール指導者です。
1986年4月15日生まれで、現在は女子日本代表の監督を務めています。
2025年に日本女子代表の監督に就任し、日本女子代表史上初の外国人ヘッドコーチとなりました。
現在の2026年度女子日本代表では、石川真佑選手がキャプテンを務め、佐藤淑乃選手や和田由紀子選手らとともにアクバシュ監督のもとで戦っています。
そんなアクバシュ監督ですが、実は指導者としてのキャリアを始めたのはかなり早い時期でした。
アクバシュ監督の現役時代は?
アクバシュ監督は、現在は指導者として知られていますが、もともとはバレーボール選手としてプレーしていた人物です。
ただ、選手時代については現在確認できる資料が少なく、所属チームやポジションなどの詳細はあまり公表されていません。
一方、本人のインタビューや公式プロフィールから分かるのは、かなり早い段階で「選手としての道」から「指導者の道」へ方向転換したということ。
アクバシュ監督は18歳の頃、自分自身について、
「ものすごく良いバレーボール選手になれるとは思っていなかった」
という趣旨の考えを持っていたことを明かしています。
つまり、
「選手としてトップを目指すより、自分には別の可能性があるのではないか」
と早い段階で考えていたんですね。
なお、「何年何月に現役を引退した」という正確な時期については、信頼できる資料では確認できませんでした。
そのため、「18歳で現役を引退した」と断定するよりも、
「18歳という若さで指導者の道へ進んだ」
と表現するほうが正確です。
アクバシュ監督はなぜ早く指導者の道へ進んだ?
では、なぜアクバシュ監督は、そんなに早く指導者の道へ進んだのでしょうか?
本人の過去のインタビューを見ると、いくつかの理由があったことが分かります。
「すごく良い選手にはなれない」と考えていた
先ほども紹介したように、アクバシュ監督は18歳の頃、自分がバレーボール選手として大きく成功するとは考えていなかったそうです。
そこで選手としての将来だけを考えるのではなく、バレーボールに別の形で関わる道を考えるようになりました。
バレーボールから離れたくなかった
そして、もう一つ大きかったのが、
「バレーボールから離れたくなかった」
という思いです。
選手として続けることに大きな可能性を感じられなかったとしても、バレーボールそのものを辞めたいわけではなかった。
そこで、
選手としてではなく、指導者としてバレーボールに関わる
という道を選んだんですね。
さらに、当時は学業もうまくいっていたことも、指導者への転身を考えるきっかけになったとされています。
18歳で「良いリスクを取った」
2024年のインタビューでは、18歳で指導者の道を選んだことについて、アクバシュ監督は「良いリスクを取った」という趣旨の振り返りをしています。
これがすごく印象的ですよね。
18歳の時点で、将来の成功が約束されていたわけではありません。
それでも、
「選手としてではなく、指導者としてバレーボールに関わってみよう」
と決断した。
その一歩が、現在の日本代表監督という立場につながっていきます。
18歳から始まったアクバシュ監督の指導者人生
アクバシュ監督が指導者としてのキャリアをスタートさせたのは、2004年。
当時18歳だったアクバシュ監督は、トルコのガラタサライでバレーボールの統計担当(スカウトマン)として仕事を始めました。
その後、トルコテレコム・アンカラでも経験を積み、2011年には中国の広東恒大でアシスタントコーチを務めています。
18歳からいきなり「監督」になったわけではありません。
統計担当、アシスタントコーチなど、さまざまな立場を経験しながら少しずつ指導者としてのキャリアを積み上げていったのです。

18歳から指導者って、早すぎない!?😳
今のアクバシュ監督を見ていると、すごく落ち着いて見えるけど、実は10代の頃から指導者としての経験を積んでいたんですね。
ラング・ピン監督との出会いが大きな転機に
アクバシュ監督のキャリアを語るうえで外せないのが、世界的な名将であるラング・ピン監督との出会いです。
アクバシュ監督はトルコテレコム・アンカラでラング・ピン監督と仕事をする機会があり、アシスタントとしてさまざまな面でチームを支えました。
その後、ラング・ピン監督が中国の広東恒大を率いることになった際、アクバシュ監督にも声がかかり、中国へ渡ることになります。
2011年には広東恒大のアシスタントコーチを務め、国内リーグ優勝も経験しました。
18歳で指導者になった若者が、世界的な指導者のもとで経験を積んでいったわけです。
その後もワクフバンクなどで経験を積み、2015~2016年にはトルコ女子代表の監督も務めるなど、若くしてどんどんキャリアを広げていきました。
2017~2018年には日本代表コーチも経験!
実はアクバシュ監督、日本女子代表とは2025年が初めての関わりではありません。
2017~2018年には、当時の中田久美監督率いる女子日本代表のコーチを務めていました。
JVAの公式記録でも、2017年度・2018年度の女子日本代表スタッフとしてアクバシュ監督の名前が確認できます。
2017年にはアジア選手権優勝、2018年には世界選手権6位を経験。
2018年の世界選手権には、黒後愛選手や新鍋理沙選手、荒木絵里香選手、島村春世選手らとともにスタッフとして参加していました。
つまり現在の日本代表監督就任は、
「初めて日本にやってきた外国人監督」
ではありません。
一度、日本代表の中でコーチとして仕事をし、日本のバレーボールや選手たちを知ったうえで、海外でさらに監督経験を積み、再び日本代表の監督として戻ってきたんですね。
これはアクバシュ監督のキャリアを知るうえで、かなり大きなポイントだと思います。
アクバシュ監督は選手との距離が近い?
コートに侵入するアクバシュ監督
— トシキ TOSHIKI (@toshikit71) June 7, 2026
📷Volleyball World pic.twitter.com/RLPNA5oJEg
そして、現在のアクバシュ監督を見ていて気になるのが、
「試合中、選手との距離、近くない?😂」
というところ。
試合中には選手と一緒に喜び、ラリーが続くと身体まで前のめりに。
ときには、まるで「7人目の選手」のようにコートの中へ入りそうになる姿も見られます。
もちろん「若い監督だから選手との距離が近い」と単純に決めつけることはできません。
ただ、アクバシュ監督自身は、若い監督であることのメリットとして、新しい世代の選手とコミュニケーションを取りやすく、選手の考えを理解しやすいことを挙げています。
そして、その中でも「共感(エンパシー)」は指導者にとって非常に重要だと話しています。
18歳から指導者として選手と向き合ってきたアクバシュ監督だからこそ、選手の立場を理解しながらコミュニケーションを取ることを大切にしているのかもしれません。
「7人目の選手」みたいなアクバシュ監督😂
個人的にアクバシュ監督を見ていて一番面白いのが、やっぱりここです(笑)。
「監督なのに、めちゃくちゃコートに近い!😂」
普通ならベンチから選手を見守るところ、アクバシュ監督はラリーが続くとどんどん前のめりになってしまう。
でも、これって単に熱い性格だから……だけではなさそうなんです。
アクバシュ監督は、日本のバレーボールのスタイルが好きで、ラリーが続くほど気持ちが高まっていくという趣旨の話をしています。
つまり、
日本のバレーを見る
↓
ラリーが続く
↓
どんどん気持ちが入る
↓
身体まで一緒に動いてしまう😂
ということなのかもしれません。

いや、監督!コートに入りすぎです😂
でも、見ている側としては、選手と一緒になって戦っている感じがして、なんだか微笑ましいんですよね。
「一緒に戦う」けれど、選手には任せる
さらに面白いのが、アクバシュ監督は自分自身は選手と一緒になって熱く戦う一方で、選手には自分の力を出して自由にプレーさせようとしているところです。
2026年の日本代表活動では、山口真季選手が国際大会でスタメン起用された際、アクバシュ監督から、
「自分が得意なところを最大限使って好きなようにやっておいで」
という趣旨の言葉をかけられたことが、JVAの広報リポートで紹介されています。
国際大会デビューで緊張する山口選手に対して、細かく縛るのではなく、自分の持ち味を出すよう背中を押したわけですね。
このエピソードを知ると、
「アクバシュ監督は選手と一緒に戦うけれど、選手のプレーまで自分が奪うわけではない」
というスタイルが見えてくる気がします。
JVAの2026年女子日本代表の活動でも、アクバシュ監督が選手それぞれのコート内での役割を伝え、チームの連携を意識した練習を行っていることが紹介されています。
日本代表選手からも「一緒に戦う」姿勢が見える
試合中、つい目がいっちゃう…そんな人も多かったはず!👀話題の “#アクバシュ監督 の熱い動き” を集めました🎥選手と一緒に戦うその姿、ぜひご注目を✨ #VNL #VNL2025 pic.twitter.com/Rjo4WZ3t60
— ヴェリタスポーツ -VERITA SPORTS- (@VERITA_SPORTS) July 14, 2025
2026年の女子日本代表では、石川真佑選手がキャプテンを務めています。
石川選手はシーズンを通して、「選手、スタッフがひとつになって戦いたい」と話しています。
もちろん、これだけで「アクバシュ監督を信頼している」と断定することはできません。
ただ、
監督が選手を信じて任せる
↓
選手が自分の役割を理解してプレーする
↓
選手とスタッフが一つになって戦う
というチーム作りを目指していることは、現在の日本代表からも感じられます。
そして、そんなチームの先頭にいるアクバシュ監督が、試合になると誰よりも前のめりになってしまう……。
そう考えると、あの「7人目の選手」っぽい姿にも納得してしまいますね😂
川合俊一会長からも信頼されているアクバシュ監督
アクバシュ監督への評価は、選手だけではありません。
日本バレーボール協会の川合俊一会長も、アクバシュ監督について人柄を評価し、信頼できる監督として迎え入れています。
また、アクバシュ監督自身も日本の選手やスタッフ、協会への信頼を示しています。
監督だけが一方的に選手を信頼するのではなく、
監督と選手、スタッフがお互いに信頼しながらチームを作る。
それが、アクバシュ監督が目指しているチームの形なのかもしれません。
18歳の決断が現在のアクバシュ監督につながっている
アクバシュ監督のキャリアを振り返ってみると、やっぱり大きな転機は18歳の決断だったのではないでしょうか。
選手として大きな可能性を感じられなかった。
でも、バレーボールから離れたくなかった。
そこで選んだのが、指導者という道。
2004年にガラタサライで統計担当としてスタートし、その後はトルコテレコム・アンカラ、広東恒大、ワクフバンクなどで経験を積み、さらにトルコ代表や日本代表のコーチ、海外クラブの監督など、さまざまな経験を重ねてきました。
そして2025年、ついに女子日本代表の監督に就任。
2026年現在も、日本代表の選手たちとともに戦っています。
18歳のときには、まさか自分が将来日本代表の監督になるとは思っていなかったかもしれません。
それでも、あのとき「良いリスク」を取って指導者の道を選んだからこそ、今のアクバシュ監督がいるんですね。
まとめ
アクバシュの沼るところ
— すずしい (@k0rede0war1) June 9, 2025
VBTVからのインタビューで最後にthank youって言われて他国の監督はthank youって返すのに彼は毎回「you're welcome」て返すところ
あとタイムアウトの終わりがいつも「オネガイシマース!」なところ
You can try to use block out!オネガイシマース! pic.twitter.com/p1CQI8AyIJ
アクバシュ監督は、もともとはバレーボール選手としてプレーしていましたが、18歳という若さで指導者の道へ進みました。
その背景には、
- 自分は選手として「すごく良い選手」にはなれないと考えていた
- 学業も順調だった
- それでもバレーボールから離れたくなかった
- 指導者としてバレーボールに関わる道を選んだ
という理由がありました。
そして18歳でガラタサライの統計担当としてキャリアをスタート。
ラング・ピン監督との出会いや中国での経験、海外クラブでの指導、2017~2018年の日本代表コーチなど、さまざまな経験を積み重ねてきました。
そんなアクバシュ監督は、現在では選手と一緒になって喜び、時には「7人目の選手」のようにコートへ入りそうになるほど、熱くチームを率いています😂
でも、選手には「自分の得意なところを最大限使って、好きなようにやっておいで」と任せる。
一緒に戦うけれど、選手を信じて任せる。
この距離感こそが、アクバシュ監督の魅力なのかもしれませんね☺️
18歳で選んだ「指導者」という道。
その一歩が、今の日本女子代表を率いるアクバシュ監督へとつながっていると思うと、改めてすごいキャリアだなと感じました!

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